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ヤマハギアで愛知から鳥取砂丘まで行きました(後編)

鳥取砂丘を手持ちジンバルで撮影する

午前5時起床、スマホ用ジンバルを持ってきたのでアクションカムをセットして鳥取砂丘を撮影してみる。中華メーカーZhiyunのSmoothQを持ってうろつく、せっかく買ったジンバルだが走りっぱなしのツーリングでは使うチャンスもそうそう見つからない。元を取るには使い倒すという考えなので絵になるネタを何とか見つけたいものだ。テントに戻り撤収の準備を始めるが、大阪から来られたVT750ライダーと30分ほど話し込む、この片付け会話は恒例となりつつある。

原付にしてから荷物が減り設営も撤収も素早くなった、理由は調理機材を一切持たなくなったからだ。また旅のスタイルが変わればコッヘルやストーブなど持ち歩くかも知れないが、どこへ行ってもコンビニがあり食事には不自由しない世の中になり、またなるべく地元グルメを堪能したい身にとってしばらくは身軽に旅をしたいと思う。

復路ルートプラン、とにかく日本海の海岸線をトレースして戻る

夜明けの鳥取砂丘

日本海側の景色を堪能

岩美町まで戻るが海岸沿いの国道178で東を目指す、入り組んだ海岸を眼下に見下ろし登りは時速30㎞/h以下になりながらいくつもの漁港を結ぶ峠を越えていく。標識によるとこの国道は別名但馬漁火ラインというらしい、夜は漁船の明かりで日本海が星空のようになるのであろう。

絶景の但馬漁火ライン、これが数十キロ続く

天空の駅あまるべ

かつて鉄骨トラス構造の鉄橋が空高く湾をまたぎ鉄道ファンには有名であった餘部駅であるが、さすがに明治時代の鉄橋の限界がきて新しい橋に付け替えられていた。現在は道の駅になっておりここで少し休憩する。餘部からは香住に進みやっとコンビニを発見、コーヒーと総菜パンで朝食とする。この先国道178は豊岡まで内陸部へ進み、久美浜湾あたりからまた日本海沿いを走るルートとなる。

鉄オタが喜びそうな顔出し看板とかいろいろあった

架け替えられた橋、味気ないとはいえ安全のためだ、仕方ない

再び日本海側を快走

古い民家が多数残る網野を過ぎ、間人の道の駅で休憩する。子供がまだ幼稚園児ぐらいの頃ファミリーキャンプに来た思い出の地だ。キャンプ場はいつしか全く別の場所に移転していた。ここから航空自衛隊のレーダーサイトを左手に見ながら、映画『喜びも悲しみも幾年月』の舞台となった経ヶ崎灯台を過ぎれば有名な舟屋群のある伊根集落だ。まだ午前中ということもあり伊根の集落内は落ち着いており時速15km/h以下のノロノロ運転で景色を堪能した。このまま丹後半島の東側を回る途中で昼食とする。奮発して回らない寿司をチョイス、嫁にLINEを送り付け悔しがらせる。

間人の海岸、聖徳太子の母の故郷ということだ

伊根の舟屋群、人が少なくてよかった

橋立手前の二反田さんで寿司定食1950円

天橋立を見た後はひたすら走り続ける

天橋立に寄るが夏休み期間中は昼間原付進入禁止とあった。少し歩いて回転橋の動きを見て舞鶴に向かう。舞鶴港は海上自衛隊のイベントか何かで多くの人でにぎわっていたが、止まりたいのを我慢して先へ進む。福井県に入り高浜で給油、雲行きが怪しくなりところどころで雨がポツポツ降ってきた。小浜で国道303に折れ琵琶湖を目指す、この時点で本降りに近い状態になるが止んでいるところもあるので合羽無しで進む。どうせ合羽を着たら雨が止むのでこのままいくことにする、夏場なので体もそんなに冷えないので十分耐えられると判断してのことだ。

旧国道365を快走関が原へ

木之本を超え国道8から国道365の新しいバイパスで関ケ原を目指す、途中いまは県道に格下げされた交通量の少ない旧国道365を通り関ケ原まで来る。ここまで全く休憩なしなので少しつらくなってきたが、我慢して海津方面へ進路を取る。こちら方面は全く来たことがなかったが一面の田んぼで濃尾平野の広大さを実感できる景色である。木曽三川を渡り愛知県に帰還、国道302で名古屋市内を迂回し守山区大森まで進み、雨で冷え切った体をラーメンで栄養補給して19時ごろ帰宅となった。本日の午後は殆ど休憩がなかったためかなりの疲労となったが無事到着して何よりであった。

天橋立の回転橋、意外と速い

尾張旭ラーメンガーデンまたたびにて栄養補給

 

 

 

 

原付ツーリング鳥取砂丘から愛知へ帰る