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トンデモ抗日ドラマのルーツ『人奶魔巢』(1989)




母乳、搾乳フェチ歓喜作品

 中国語で奶というのはミルク、またはオッパイ本体のこと、「人奶」で母乳という意味、「奶奶」と二つ合わせるとなぜか「おばあちゃん」という意味になる。したがってタイトルは「母乳の魔窟」といったところであろうか。

 古いマイナー映画なので、有名作品に比べ、あらすじや出演者の情報はほとんどないが、どうやら日本軍が中国女性を乳牛替わりに飼育するというようなことが書いてある。すでにこの段階でアタマの中は「???」と混乱してきた。

 いずれにしても観てみないことに始まらない。ポンコツレーダーが異様に発達した筆者なので、これは大金脈を掘り当てたと思い、ワクワクしながらさっそく鑑賞してみた。


まずはハチャメチャなあらすじを紹介

 出産直後の女性が日本軍に連れ去られるという事件が各地で起こっていた。そんなとき、明らかに乗車定員オーバーのサイドカーで連行されている女性を救出のため、女遊撃隊長の左林燕はムチャクチャ機関銃を撃ちまくる。その後、日本軍将校を捕まえ、母乳の入った巨大な瓶を発見。突然なぜかサムライが登場し、遊撃隊とバトルもなくサイドカーに乗ってどこかへ行ってしまう。意味不明だ(笑)。

 日本軍の基地には続々と女性が集められ、看守のデブ女やサムライによる拷問や暴行が行われ、血が出るまで搾乳されていた。地下党員の王先生は黒田司令官や鈴木博士に近づき、日本軍の目的を探る。今風ぴっちりスキニーパンツでキメた偵察中の左隊長はサムライに捕まりそうになるも王先生に助けられ、一緒に日本軍の秘密を探り始める。

 日本軍基地で看護師募集となり、左隊長が潜入することになるが、最初の面接であっさり正体がバレて捕まり、拷問を受ける。さらには母乳促進剤を注射され搾乳されそうになるが、共産党スパイの看護師による機転で難を逃れる。

 王先生は鈴木博士をおびき出すと同時に、遊撃隊のスパイのあぶり出しに成功、遊撃隊の鉄妹(女)は鈴木博士の元愛人で日本人だったのだ。そして、なぜかいきなり和服姿になり、緋牡丹博徒のようにもろ肌脱いで鉄妹は切腹という驚愕のオチ。

 王先生は鈴木博士から恐ろしい日本軍の「X計画」の目的を聞かされることとなる。「X計画」の前段階として中国の若ママを攫い、乳牛の代わりに母乳工場で搾乳、その母乳から成分を抽出し、粉ミルクに混ぜ日本の子供たちに飲ませるという、全く効率や生産性を無視したものだ。そして、「X計画」の最終目的は、母乳粉ミルクで日本の子供たちを育て、全ての民族を超えたユニバーサルソルジャーのようなスーパー人間を作り上げるという、全く意味不明なショッカーの野望のような計画というのだ。「X計画」の真実を知った王先生と遊撃隊は母乳工場の破壊と若ママ救出のため、日本軍司令部に向かうのであった。 








「87年商业片热潮」

· この映画の紹介をする前に、いわゆる「87年商业片热潮」について説明したいと思う。「商业片」というのは商業映画、つまり金もうけが目的の映画である。1980年代に入ると改革開放の波で映画界も興行というものをしっかり意識しないと生き残れない時代となった。それまで「主旋律」、「芸術」といった作品ばかりの中国映画界において大きな転換が訪れた。「主旋律」映画というのはいわゆる「紅色」、共産映画だ。1980年代初頭より大衆にとってつまらない「主旋律」映画とベクトルが全く違う商業映画はまたたくまにスクリーンを席巻した。『珊瑚岛上的死光』、『银蛇谋杀案』といった娯楽に振った作品が人気を博した。そして1987年には『京都球侠』『二子开店』『最后的疯狂』といった人気作品が多数登場し大ブームを迎える、翌年1988年における商業映画の割合は60%、1989年には75%にまでに急成長したほどの勢いであった。

 こういった勢いのある時には「時代のあだ花」というカルト作品が登場するのは世界の定理。そのなかで登場したのが本作『人奶魔巢』である。

 この作品、制作したのは四川省の峨眉电影厂だが、最後のクレジットにあるように実際のスタッフは音像発行部という部門で、もともとはテレビ映画を意識して制作されたようだ。なので途中00:48:15あたりで「上集完」のテロップが入る。実際テレビ放映されたかどうか知りたいところだ。


中国の掲示板でも議論

 さすがに近年の『抗日奇侠』(2011)ほどネタにされているわけではないが、いわゆる「抗日神剧」の「鼻祖」(元祖)という指摘が多い。その理由は当代武侠ドラマ風の功夫アクション、ことあるごとに火薬を使った爆発、大げさなスタントマンの吹っ飛び具合といった現代の抗日ドラマでおなじみの表現が早くも1989年時点で採用されていることがあげられる。こういった映像表現は当然のことながら、肝心の脚本が荒唐無稽な設定であることに加え、衣装や道具類は時代考証を無視しているという、トンデモ抗日ドラマの王道を行く要素がもりだくさんなのだ。

 このようなツッコミどころ満載の作品を中国のネット民が放っておくはずはなく、真面目な映画論も交え掲示板で議論したり、はたまたMAD動画を作成し動画サイトにアップしたりとこの作品を楽しんでいるようだ。

 また、主演女優の东方闻樱は当時の中央電視台ドラマ『红楼梦』(1987)にも出演していたそれなりに有名な女優。なぜこのような作品に出演したのか、掲示板に質問するネット民もいる。いずれにせよ古いうえ、B級作品なので関係者インタビューの記録もない謎作品のため、この先も語り継がれる作品であるのは間違いない。


イタリアのモンド映画に通じる迷作

 この映画、鑑賞しているときもアタマがクラクラしたのだが、前段のあらすじを執筆している最中も、自分で何を書いているか分からなくなりアタマがおかしくなりそうだった(笑)。そのとき思い出したのが、お色気、残虐シーン満載のナチスの強制収容所を舞台とした「ゲシュタポ収容所」モノ。そのほとんどはポンチ西部劇「マカロニウエスタン」を生み出したイタリア映画。残虐なナチス将校なのに話し言葉はイタリア語というズッコケぶりで、カルト人気を誇る作品ジャンルだ。(英語吹き替え版もあるので心配なくw)

 このゲシュタポ収容所映画、1960年代末期から70年代にかけ、当時、粗製乱造の勢いで多数制作された。『人奶魔巢』に登場する看守のデブ女は有名な『イルザ ナチ女収容所 悪魔の生体実験』(1977)に登場するイルザ所長のオマージュではないかと思うほど。拷問シーンや暴力シーンも従来の中国「主旋律」映画とは桁違いの残虐性のため、年代的に「ゲシュタポ収容所」映画を監督が参考にした可能性があるかもしれないと思わせるぐらい、当時の中国映画としてはショッキングなシーンが登場する。「ゲシュタポ収容所」映画を中国的に解釈した作品と考えればスッキリと腹に落ちる。

 数多くあるイタリア映画の「ゲシュタポ収容所」作品と『人奶魔巢』を見比べ、パクリポイントを発見するのもおもしろそうだ。この作品、中国の大手動画サイト、YouTubeなどにアップロードされているが、画質が悪いものや、録画に失敗したのか動きがおかしいものがあるのでご注意を。